ライオン 薬用毛髪力 イノベート
発毛遺伝子の発現解析成果をスピード開発 遺伝子探索から商品化へ
   

ゲノム研究の成果から生まれた初の商品。
新規の成分は使ってないが、メカニズムの解明をうまくアピールしてシェアを奪取。
失敗すれば育毛剤事業から撤退という背水の陣で開発が進んだ。
育毛剤の競争激化に備え、新育毛剤のシーズ遺伝子の探索も継続。

 ヒト遺伝子の発現解析は至る所で行われ、ある疾患の遺伝子を発見という報告は枚挙に暇がない。しかし、成果が創薬など事業化につながるのはまだ先の話と感じる向きは少なくないだろう。

 しかしライオンは育毛剤「薬用毛髪力イノベート」で、遺伝子発現解析の結果を商品開発につなげるという流れをいち早く実現。発毛の司令塔である毛乳頭細胞について、脱毛部位と非脱毛部位の遺伝子発現をDNAマイクロアレイで解析し、発毛に対する効果は知られていなかった2つの遺伝子を捕らえ、その発毛機能を確認すると共に、植物成分のライブラリーから作用物質をスクリーニングした。

 こうして得られたのがサイトプリン(6-ベンジルアミノプリン)という物質だが、実はこれ自体は育毛剤としては新しいものではない。しかし、遺伝子解析の結果から開発された製品という新規性をうまくアピールし、昨年10月の発売から1カ月で25万本を売り上げ、月間シェアは10.4%を獲得。育毛剤市場では低迷していたライオンの存在感を再び押し上げている。

 2002年春に発毛遺伝子の解析に取りかかってから商品化までの期間はわずか2年弱。順風のスピード開発に見えるが、背景には強烈な危機感からの異例の開発体制があった。

“ディファレント”を作れ
遺伝子解析に事業の命運託す

 02年4月、ライオンのビューティケア研究所長に着任した杉山圭吉が所員に掲げた勅命は、「“ベター”ではなく“ディファレント”」。

 02年4月の組織改革でライオンは、家庭品を領域ごとに事業本部に分けた。と同時に研究所も各領域ごとの縦割りの体制となり、商品開発の実績が厳しく問われることになった。

 既存製品の改良版ではなく、全く異なる新しい商品の開発――。これが、ビューティケア研究所長として、ヘアケアやボディーソープ、スキンケアの商品開発を束ねる立場に立った杉山が打ち出したコンセプトだった。

 その杉山の目に真っ先に映ったのが、“ベター”を追い求めてじり貧となり、事業存続自体が危ぶまれる育毛剤だった。

 ライオンは1986年、発毛エネルギーを供給する成分としてペンタデカン(ペンタデカン酸グリセリド)を開発し、「薬用ペンタデカン」の商品名で発売。一時は育毛剤市場で圧倒的な存在感を示した。しかし、看板にできる新しい成分が、その後出てこない。溶剤の変更、補助的な成分の配合などのマイナーチェンジは何度か施したものの、シェアはじりじりと下げ続ける。大正製薬の「リアップ」が医薬品として市場に投入されるに至っては、育毛剤市場におけるシェアは数%まで落ち込み、存在感はすっかりなくなっていた。

 事業部制になって初代の研究責任者となった杉山に課せられた最初の命題は、この育毛剤事業の立て直し。自らが掲げた“ディファレント”な商品開発をどう進めるかだった。

 事業部制を敷く傍ら、全社の商品開発につながる基礎研究部門は組織変更前と変わらず、小田原の研究技術本部生物科学センターが担っていた。その生物科学センターでは折しも、2001年からDNAマイクロアレイを導入して所内での試行を重ねていた最中。主任研究員の吉野輝彦らは1年かけてようやく解析のノウハウを蓄積し、研究ニーズを探していた。

 遺伝子発現解析はライオン社内ではまったく新しく取り組む、“ディファレント”な研究手法。一方で、“ディファレント”な新商品を求める杉山。2つの“ディファレント”が重なり、ライオンは遺伝子発現解析という手法を育毛剤の分野から試すことになった。

貴重な細胞株を解析
2つの遺伝子が浮上

 では、どんなサンプルで遺伝子発現解析を行うか。発毛の司令塔として知られる毛乳頭細胞に照準を定めるまではできるのだが、遺伝子発現解析に必要な量を生身の頭皮から集めるわけにもいかない。そこで吉野らは、以前から交流があった徳島大学医学部皮膚科との共同研究に着手した。

 ライオンと徳島大学皮膚科はペンタデカンの開発を通じて1980年代からの付き合い。以来、ライオンは研究所から徳島大学に社員を継続的に出向させ、毛髪の研究に関するノウハウを学ばせていた。

 皮膚科教授の荒瀬誠治は毛髪の研究を長年続けてきた研究者。この荒瀬が持つ毛乳頭細胞のカルチャーコレクションは、ライオンにとって何より貴重なサンプルだった。一方の荒瀬も「遺伝子発現解析には興味があったが、一研究室でやるには費用がかかりすぎるのがネックだった」。企業の資金でDNAマイクロアレイの手法を試せることは渡りに船だったわけだ。

 比較したのは、男性型脱毛部位から採取して培養した毛乳頭細胞株4株と健常者の非脱毛部から得られた1株。解析対象とした1185遺伝子のうち、脱毛部位では69種の発現が下がり、38種が増えていた。

 荒瀬らは減少が著しい2つの遺伝子、BMP2(Bone Morphogenetic protein;骨形成促進因子)とephrin-A3(エフリン;血管新生誘導因子)に着目。毛包上皮系細胞に添加したところ、増殖促進作用を確認できたことから、発毛促進シグナルになっていると推測した。

 ライオンが持つ600種以上に及ぶ植物成分のライブラリーから、吉野らはBMPとエフリンを増幅する物質をスクリーニングし、サイトプリンを見いだした。毛乳頭細胞にサイトプリンを添加すると、BMPとエフリンの遺伝子の発現は増え、外毛根鞘細胞ではアポトーシス抑制作用も確認できた。

 もっとも、既にサイトプリンは花持ちを良くする植物ホルモンとして知られ、美白剤などを製造する三省製薬(福岡県大野城市)が1995年に育毛有効成分として新規医薬部外品の承認を受け発売していた。三省薬品は白髪防止の成分をスクリーニングする中でサイトプリンの発毛効果を偶然見いだしたという。

 サイトプリンの作用機序を解明したのはライオンが初めてだったが、発毛を機能とした特許を押さえられていてはライセンスを受けざるを得ない。通販やOEM供給などでサイトプリンを細々と売ってきた三省薬品にとっては、降ってわいたビッグビジネスとなったようだ。

見切り発車で開発に着手
二枚看板の配合には苦労も

 これまでの商品開発の流れなら、生物科学センターでサイトプリンの効果をしっかりと検証してから、ビューティケア研究所での商品開発、そしてマーケティングへと段階を追って進むところ。しかし一刻も早く新商品が求められる中、生物科学センターからサイトプリンが効きそうだという一報が入るや、見切り発車で、ビューティケア研究所での商品開発が進み出した。

 「(イノベート開発の経緯を)今でこそ笑って話す杉山所長だが、『これがモノにならなければ育毛剤からは撤退だ』としきりにプレッシャーをかけられた」。ビューティケア研究所主任研究員の万代好孝は当時の緊張した雰囲気を、今は笑いながら、こう打ち明ける。

 その万代は新商品の配合に悩まされた。これまでのライオンの育毛剤の主力成分はペンタデカン。シェアは落ちたとはいえ、認知度は十分だ。しかも、サイトプリンは発毛シグナル、ペンタデカンはその後の発毛エネルギーの供給と、効果も異なる。ならば、サイトプリンとペンタデカンを二枚看板にして1つの商品として仕上げようというアイデアが当然出てくる。

 そこで問題になるのが、両者の親水性の違い。ペンタデカンは炭素数15の直鎖脂肪酸とグリセリンが結合した化合物で疎水性が強い一方、サイトプリンは親水性が強い化合物。文字通り、油と水を一緒に溶かす手法の開発は難題だったという。

 研究室に連日顔を出しては「溶けたか」と問う杉山に、「溶けません」と答える万代。端から見たら滑稽とも映る、せっかちな上司と部下の会話はしばらく繰り返されたという。

 界面活性剤や極性変更などの工夫を重ね、2つの成分の配合にも何とかメドがつき、生物科学センターでは、剃毛したマウスにサイトプリンとペンタデカンを塗って増毛の効果を検証できた。そして何より社外のモニターによる試験でも良好な結果を得た。

 満を持して成果を発表したのが、昨年6月の日本基礎老化学会。すると、世界初とも言える遺伝子発現解析による発毛遺伝子発見の報に、国内はおろか外国からも問い合わせが相次いだという。

 この反応に意を強くした杉山らは商品開発を加速。4カ月後の昨年10月の発売にこぎつけた。発売時期を早めるとともに、販路の制限も避けるため、医薬品の承認申請は見送った。

発現解析は他領域に拡大
激化する育毛剤競争にも備え

 イノベートの成功はライオンにとって、遺伝子発現解析の有用性を全社的に認識したという意味もあった。歯磨きなど口腔ケア製品を扱う、本丸であるオーラルケアの分野でも、歯周病にかかわる遺伝子の探索が始まっているようだ。

 当然、育毛剤の方も研究が終わったわけではない。74ページに示した遺伝子発現の結果で、遺伝子を具体的に明らかにしているのはBMPとエフリン、脱毛シグナルとして知られるNT-4の3種のみ。図を見る限り、発現が変動している遺伝子はまだあるが、それらは次に続く新育毛剤のシーズ候補として検証が進められている。

 徳島大の荒瀬によると、イノベートが一番効きそうなのは、男性型脱毛で髪の毛が細くなったために全体的に薄くなり始めた段階。毛髪がうぶ毛状になってしまったり、高齢女性の脱毛という多様なニーズが育毛剤にはまだまだある。

 さらには、初の経口薬となる万有製薬のプロペシアなど、鳴り物入りとなりそうな新商品も間近に控えている。市場が活気づくことが期待できるとともに、新たな競争の激化も待っている。イノベートの成功で一服できたライオンの育毛剤事業だが、手綱を緩める状況にはなさそうだ。

 (文中敬称略、石垣恒一)

毛包の構造とヘアサイクル(毛周期)

毛髪は成長した後、抜けて新しい毛髪が再び生える。この周期がヘアサイクル(毛周期)。各期間は毛髪1本ごとに異なる。男性型脱毛症では成長期が短くなり、毛髪は短く細いまま抜けてしまう

脱毛部位で発現の増減が見られた遺伝子の分布

脱毛部位の毛乳頭細胞株で、発現が著しく下がっていた2つの遺伝子(BMP、エフリン)に着目。発毛における機能を調べた。脱毛に果たす機能が既に知られているNT-4では発現量の増大を確認し、発現解析の妥当性を裏づけるとしている

イノベート開発の中心メンバー。前列左から杉山圭吉ビューティケア研究所長、吉野輝彦生物科学センター主任研究員。後列左からビューティケア研究所主任研究員の万代好孝氏と芹沢哲志氏

サイトプリンとペンタデカンの塗布による効果

体毛を剃ったマウスにサイトプリンとペンタデカンを塗布すると、発毛面積が拡大(左写真)。毛の長さや太さ、抜毛強度も増大した

発現解析の成果は細胞株の蓄積があればこそ

 発毛の司令塔である毛乳頭細胞を調べると言っても、生身の頭皮から多数の毛乳頭を取るわけにはいかない。イノベート開発の元となったのは、徳島大学医学部皮膚科教授の荒瀬誠治が長年集めてきた細胞株があったればこそと言える。

 皮膚の付属器である毛包、汗管、爪などの分化のメカニズムに興味を持っていた荒瀬は、その中から研究が一番やりやすい毛包をテーマに選んだという。発毛の研究を続けるうちに、自然と脱毛にも興味がわいてきた。そこで、美容外科の頭皮の手術で切除した部位などをもらって、標本を作製したり毛乳頭細胞を培養して細胞株を樹立してきた。

 今でこそ毛髪に関する研究は増えてきているが、荒瀬が研究に着手した当時は、まだまだユニークなテーマだった。それでも、毛乳頭細胞の取り扱いノウハウを持つ研究者はまだ少なく、やはり長年の蓄積はものを言うようだ。

 イノベートの開発に携わったライオン・ビューティケア研究所主任研究員の芹澤哲志も、徳島大学皮膚科に出向して毛髪研究のノウハウを学んだ1人。「毛乳頭細胞を取り出す荒瀬教授のテクニックはすごかった」と当時の感想を語る。

 ライオンとの共同研究では、発毛に関しては知られていなかった2つの遺伝子を捕らえたが、研究テーマはまだまだ尽きないという。「毛の生え替わりという現象は99%わかっていない」と荒瀬は語る。育毛剤の開発についても、「脱毛を防ぐ」「太い毛を生やす」「たくさんの毛を生やす」といったターゲットごとに「異なる薬物が見いだされるはず」(荒瀬)という。

 さらに、「動物に応用すれば『良いウールの羊』『長い毛を持つミンク』も実現できる」(荒瀬)。新しい育毛剤が次々出てくる昨今だが、実は毛髪の研究は端緒に着いたばかりとも言えそうだ。

徳島大学医学部皮膚科の荒瀬誠治教授

毛乳頭細胞の培養の手順

頭皮から採取した毛包部(左)から、毛乳頭を切り出す(中央)。写真右で黒い点の周囲に群がるのが培養された毛乳頭細胞

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